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フルトヴェングラー「音と言葉」

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高校生の頃、オーケストラ曲が好きで毎日のように何かしら聴いていました。中でもフルトヴェングラー指揮のベートーヴェン、ブルーノ・ワルター指揮のモーツァルトの交響曲など、古い録音だけれど心がザワザワしました。フルトヴェングラーという指揮者はあまりに偉大で有名ですが、ベートーヴェンの「運命」など、のっしのっしと足を踏み鳴らしてこちらに出てくるかのよう、と何かで表されていたのを覚えていますが、本当に生きた巨人のように感じます。この偉大な指揮者の著書に「音と言葉」があります。恐ろしく中身のある本ですが、なかなか頭に入っていかない部分もある難解な内容で、ベートーヴェンやバッハ、その他について幾つもの篇に分かれている音楽評論です。でも一節だけピンポイントで拾って読めるのが良く、難しいけれど何度も行きつ戻りつ読んでいると、だんだん味がわかってくるスルメのような本です⊂((・x・))⊃。この本の「バッハ」について書かれた項目をふと読みたくなり、本棚の単行本を手に取って読み始めたところ、「あれ?んんん?」と違和感が....... 昔読んで感動したはずの言葉がどこにも見当たりません。はて、おかしいなと思い、もう一冊の古い文庫本の同じ本を探したら、翻訳した方が全く違っていてビックリ('◉⌓◉’)

かつて繰り返し読んで感動した文庫本のバッハの一節に、『バッハの音楽は、「近さの体験」とともに「はるけさを聴く」感覚を織りまぜた音楽』とあります。この「はるけさ」という言葉は、新潮文庫の文庫本で芳賀檀さんという翻訳者が訳された言葉で、バッハの世界を言い得て妙、と感じてお気に入りでした。はるか彼方を見つめた視線を感じる、ということなのでしょう。一方、白水社出版の「音と言葉」という単行本も持っており、こちらは文庫本がボロボロになってきた為、単行本も一冊ストックしておこうと買った本で、芦津丈夫さんの翻訳です。同じ文が、芦津さんの訳だと『「遠聴」と「近覚」とを同時に果たす音楽』となります。どちらがピッタリするかは人によって違うと思いますが、フルトヴェングラーの言葉は特に難航されたのだろうと想像されます。

バッハの音楽はどこまでも永遠に続くような普遍性があるとよく言われますが、クラヴィーア作品を実際に弾いていても、天に向かって淡々と語りかけるような感覚を覚えます。それはドビュッシーのような浮遊感とは違い、地に足のついた人間の感情が根底に存在し、ドラマティックです。しかしそれはベートーヴェンやモーツァルトのような人間臭さとは違い、まるで歴史家が史実を語っているような感覚に陥ることが良くあります。史実を語るような作品としてもマタイ受難曲やヨハネ受難曲などがあり、マタイ受難曲の有名なアルトのアリアなどは何度聴いても心を揺さぶられますが、クラヴィーア作品などでも、地平線の彼方に視線が向いているような感じを受けます。そこがバッハの一番好きなところなのですが...... これがベートーヴェンだと「ここに向かって進んで行くぞ!」という強い意志や方向性があり、モーツァルトだと「こっちに行くかと思ったらあっちに行ったり」と多重人格のように気分屋さんだったり.....♪(´ε` )でもタイムマシンに乗って過去の人物に一人だけ会いに行けるとしたら、私は間違いなくJ.S.バッハさんだなぁ......☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
                          


            
                 
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2025年03月10日 12:02

東野圭吾「架空犯」

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小さい頃から読書好きでよく図書館に通っていましたが、中でもミステリー小説のジャンルはシャーロック・ホームズ、アルセーヌ・ルパン、エドガー・アラン・ポー、松本清張、横溝正史、藤原伊織、宮部みゆき、乃南アサなど繰り返し読んできました。最近はなかなか図書館に通えていませんが、代わりに本屋さんに行って本を物色したり、電子本も便利だなぁと傾倒しつつあります。実は電子本は出始めた当初、「本は紙で読むべし!という信念と昔からの習慣に基づき、断固として電子本は買わない派でした。しかし電子本は紙の本に比べて持ち運びの必要なし、ダブル読み(2冊を同時並行して読む)でも重さゼロ、旅先に何冊でも持っていけて、スマホやiPadのクラウドに何十冊どころか数百冊でも入れておけます。スマホとiPadで共有し、途中までスマホで読んで、その先をiPadで読む、なんてこともできちゃう。おまけに字の大きさを自由に変えられるのが何とも楽で、寝る寸前の暗がりでもスマホの明かりで読めてしまう、なーんてことを覚えると、最近は電子本びいきになりつつあります。

そう言えばコンサートの舞台でも、電子楽譜が台頭してきています。時代は変わるものですね。iPadに大量の楽譜を入れ、それをピロっとめくって演奏するスタイルです。フルート界のスーパースターのパユなんて、iPadの楽譜をめくるスイッチを足でチョンと押すスタイルをかなり前から実行しています。最近の若い方は、ピアノ伴奏などでiPadを使う方も増えてきました。ただ、ピアニストの場合、左右の足で2つないし3つのペダルを使うわけで、これにiPadのスイッチとなるとねぇ.....足でスイッチを押して楽譜をめくる時代が来ようとは思いませんでしたが、以前「徹子の部屋」で作曲家の岩城太郎さん(高校の先輩)がそんな事ができるようにしたいんだ、と言っていたのを思い出しました。ただ、ピアノ譜は単旋律ではないので音符が多く、めくるタイミングがすぐ来るし、めくり損なったら.....と考えただけで恐ろしい悪夢を見そうです(笑)だってiPadは、フリーズという状態も起こりうるわけで......iPadで演奏している音楽家は皆さん勇気があるなぁ.....

ただ、こんな電子化の時代に至っても、人気作家の東野圭吾さんは、電子本に反対?、或いはお嫌い?なのか、或いは出版社の策略か?、どうしても書き下ろし作を電子本にしてくれません( ´Д`) 今、どこの本屋さんでも一番目立つ場所に輝かしく飾ってあるミステリー小説の「架空犯」。店頭でこの本を見るたび、欲しいなぁ、読みたいなぁ、でも分厚くて重そうよねぇ...と迷いつつ、やっぱり文庫本になるまで待とう!と後ろ髪を引かれながら帰っていたのですが..... いつ文庫本になるかもわからない訳で......何度か本屋でこの本を横目で睨むうち、とうとう欲求に負けて買ってしまいましたo(≧▽≦)o 家の本棚はパンク状態ですが..... でもこの小説、面白くて読み始めたら止まりません。先を読み進める時間を確保するべく、夕食のおかずを手抜きにし、夜更かしを続け.....  読破しました♪( ´▽`)  さて、もう一度じっくり時間をかけて読み直すか、それとも違う作品に突入するか......と考える時間も楽しいものです。
                          


            
                 
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2025年02月26日 22:45

アレクサンドル・タローのバッハCD

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昨年行ったアレクサンドル・タロー(ピアノ)とジャン=ギアン・ケラス(チェロ)の演奏会で買ったCDが最近とてもお気に入りです。アレクサンドル・タローのピアノソロのCDで、全てJ.S.バッハの曲ばかり、タロー編曲による曲も多く、原曲のジャンルも幅広いものになっています。このCD、冒頭から心に染み入るように美しく、まるで天上の音楽です。伸びやかで、自由に羽搏くような自由さと潤いに満ち、以前覚えた「はるけさ」という言葉が似合います。この「はるけさ」という言葉は、愛読書のフルトヴェングラーの「音と言葉」という本で覚えた、バッハの本質について書かれた記述の中の一節です。高校生の頃に初めて読んだ時、なんてピッタリな言葉かしらん♪( ´θ`)と嬉しくなり、以来お気に入りの言葉になりました。

このCDを聴いていたら、精神安定剤にしている教会カンタータBWV182の中の数曲とか、自分で編曲できたらなぁ......_:(´ཀ`):と思ったりもするのですが、こればかりはうーん何とも.......(˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾ 作曲家と違ってこういう時に使えないのがピアノ科なのでして...... もしスコアから頑張ってアレンジできたとしても、いざリサイタルで弾くとなると、編曲⚪︎⚪︎⚪︎と名前を出すなんて恐ろしい事はとてもとても......(˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾ といって誰か作曲家に頼むにしても、バッハをちゃんと研究している方でないとなかなか難しく....この企画は葬り去るしかありません(笑)

バッハが生涯で作曲した曲は大変な数で、カンタータだけでも200曲以上だったかな? 高校時代の恩師で芸大の作曲科出身の先生がバッハ大好き人間で、それがカンタータに出会ったきっかけでした。この先生がご自宅で開かれていた教会カンタータのレクチャーに何度となく通ったのを思い出します。小さい頃からバッハは好きでしたが、この先生にマタイ受難曲の色々な場面の説明やら、カンタータの魅力を教わってさらにバッハ好きに......( ´ ▽ ` )。高2の時の学園祭の演奏会では、伴奏法の授業で使っていたチェンバロを借りて、2本のヴァイオリンのための協奏曲を友人2人と演奏しました。あれは練習楽しかったなぁ.....ただ.......( T_T) !!本番の演奏は悲しい結果となりました。チェンバロという楽器、これは古楽器なので、現代の楽器と対等に演奏できるものではないのです。チェンバロの置いてある楽器庫で練習していた時はわからなかったのですが、良く響く演奏会ホールに出した途端、チェンバロの音はヴァイオリン2本の音に完全にかき消され、ほとんど聞こえなかったそうです。経験の浅い未熟な高校生ならではの出来事でした(笑)苦い思い出になりましたが、なかなかチェンバロなんて触れないので良い経験させてもらったなぁ....  社会人になってチェンバロという楽器を少し勉強し、ピアノでの演奏にも繋がっています。これも元を辿れば、高校の伴奏法の試験でチェンバロを使って古楽器の先生(通称ゴッツ)と演奏したバッハのフルートソナタでした。そして更に、そのフルートソナタが演奏したいなぁと思っていたらフルートの今の相棒に巡り合い.....人生、いろいろと数珠繋ぎになるものですね.....
                          


            
                 
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2025年02月05日 23:22

京都・奈良 初旅

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明けましておめでとうございます。年末年始に京都奈良で初詣や古寺巡りをしてきました。京都の晴明神社や京都御所、梨木神社、奈良では大好きな秋篠寺、唐招提寺、新薬師寺、東大寺に行き、悠久の歴史を感じる時間を過ごしました。晴明神社は、去年の大河ドラマ「光る君へ」でも登場した安倍晴明が祀られた神社で、鳥居に陰陽師のトレードマークの星型が付いており、お守りやおみくじにも同じく星型がありました。映画「陰陽師」で主演を務められた野村萬斎さんや、陰陽師の振り付けで金メダルを取られた羽生結弦さんもこちらでご祈祷を受けられたようです。京都御所が近かったので散歩をしようと立ち寄ったら、あまりに広くてびっくり\(( °ω° ))/  紫式部が源氏物語を書いていた時代、ここを牛車が行き来していた時代にタイムスリップできました。

奈良では唐招提寺に行き、大好きな千手観音像を拝んで来ました。お正月の三が日だけ無料で配って頂ける千手観音様の小さなお守りを頂けました。手が本当に1000本近くあり、修復の際はとてつもなく大変だったそうです。千手観音像にも色々ありますが、こちらの像は大きくて少し俯き加減、見ていると静かな気持ちになります。境内の御影堂には、東山魁夷画伯の襖絵がありますが、こちらは鑑真の命日前後だけご開帳になるので、普段は見られません。以前、ご開帳になる日に観に行ったことがありましたが、これは日本画好きには一生に一度、必見です。画伯が精魂込めて描いた数十枚の絵で、美しい岩絵具独特の色で描かれた雄大な海、深い山林が描かれたものを、来場者は膝をついて間近でにじり寄りながら見ていきます。


唐招提寺 IMG_6228_コピー

 
唐招提寺から車で20分ほどの所に秋篠寺があり、こちらには日本で唯一存在する芸術の神様の仏像「伎芸天」があります。芸術に関わる者としては奈良に行ったら行かなければなりません。しなやかでふっくらとし、ほのかに色香が漂う仏像で、大変美しい仏像です。お正月だけ許されている境内の鐘をつき、びっしりと生えた苔の庭に佇んでいると静かな気持ちになれます。奈良は、東大寺や春日大社、薬師寺などの大きなお寺や神社以外は、お正月でも人混みにならず、とても静かにゆったりと過ごせます。

秋篠寺 IMG_6232_コピー  IMG_6230_コピー_コピー

 
とは言え、お正月に奈良に来て東大寺の大仏様にお詣りしない訳にも行かないので(笑)、東大寺にもお詣りして来ました。何度行っても、下から見上げる南大門の高さに驚嘆し、運慶や快慶らによって造られた南大門の阿形像、吽形像に見惚れ、大仏様の大きさに圧倒されます。ここから春日大社の方に斜めに歩いていくと、春日大社の本殿の手前から分かれる昔ながらの散歩道があり、こちらを通って新薬師寺に行きました。奈良には数十の古い散歩道があり、山の辺の道、滝坂の道、ささやきの路、などと名前が付いています。今回はあまり時間がなかったので、短い「中の禰宜道」を散歩しながら新薬師寺へ向かいました。「中の禰宜道」は短い散歩道ですが、なかなか風情もあり、森林や木の根に囲まれています。春日大社からショートカットして新薬師寺に辿り着く道です。新薬師寺は、小さいながらも心落ち着くお寺で、日本最古の十二神将像があります。薬師如来像をぐるりと十二神将が取り囲み、回って参拝します。このお寺が登場する、松本清張の「球形の荒野」という小説が好きで何度も読みました。松本清張さんの小説は学生時代にハマりにハマって、60作ほど読んだ記憶がありますが、中でも一番好きなものが、奈良が舞台になった「球形の荒野」です。松本清張さんも古寺巡りが好きだったそうで、各地のお寺や神社が小説に出てきます。
奈良から東京に戻るといつも、行って来たばかりなのにあぁまた奈良に行きたい.....と思うのが自分でおかしくなりますが、また来年も訪ねたいと思います。

中の禰宜道 IMG_6252_コピー 
 新薬師寺 IMG_6257_コピー


                 
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2025年01月06日 13:02

凪良ゆう「私の美しい庭」

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ちょっとほんわかした読み物が読みたくなり、凪良ゆうさんの「私の美しい庭」を読みました。心がふわっと解放され優しい気持ちになれる本でした。読み始めは軽やかなタッチですが、だんだんと内容が濃くなり、人の生き様や心の機微が葛藤が描かれています。クスッとなったり、こういう事あるよね、と共感したり。人の心というのは不思議なものですね。何かに対してで怒ったり悲しんだり笑ったりする事が、時が経つにつれ変化して全く違う感情に化けたりします。物の見え方がだんだん変化するのは、心が自由で変幻自在なものである証拠ですが、自分で自分の心の変化が面白いなぁと感じることがあります。逆にひょんなことで心が束縛されることもありますね。そんな諸々を考えさせられた本でした。

タイトルにある「美しい庭」。実際に育てる土の庭、ベランダガーデン、或いは人の心にある幻影を意味しているのかもしれませんが、緑や花を見ると癒されますね♪(´ε` ) 去年までベランダガーデンでゴーヤやバジルを育てていましたが、住まいが変わってからベランダがまだ手付かずです。シェフレラという観葉植物を育てていますが、観葉植物なので成長は遅いだろうと思いきや、夏にどんどん葉が増え、早くも鉢が狭くなりそうな......(>人<;) 気に入った柄の鉢なのでもう少し頑張って欲しいところです(笑)北海道のガーデン巡り、来年は行きたいものです( ˊ̱˂˃ˋ̱ )



      

                          


            
                 
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2024年10月30日 22:08

小説「1Q84]

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自宅の本棚を整理していて、さてこの本はどうしよう、本棚に全部入りきらないし、電子本も出ているし....._:(´ཀ`):と悩ましい選択を迫られる中、以前買った話題の本を見つけました。村上春樹さんの「1Q84」です。この本は発売当初、話題になったのを記憶しています。冒頭にヤナーチェク作曲の「シンフォニエッタ」という音楽がある場面で出てきますが、音楽関係の友人と「ヤナーチェクのシンフォニエッタって知ってる?」という会話が飛び交いました。村上春樹さんは音楽に相当お詳しいのでしょう。小説の節々に音楽の専門的要素が出てきます。この本をふと手にし、買ったのに読んでいなかったなぁと気になって読み始めたら、独特の世界に引き摺り込まれてしまいました。紙の本で1巻の前篇しか持っていなかった為、文庫本6冊分の合本版の電子本を購入してiPadで読み進めたらなんと長いこと!ようやく読破しました╰(*´︶`*)╯ 電子本は以前は少し抵抗があったのですが、両手が空いて腕組みしながらでも読める上、どこに持ち運ぶにも重くない、文字の大きさも調整でき、こちらの方が楽だわぁ....(^◇^;)となりつつあります。

「1Q84」、個人的には好きなタイプの小説ではなく、人に勧められるか?と言われても難しいものがありますが、読み始めたら止まらなくなり、また構成力の巧みさに圧倒される作品でした。小説は作家の頭の中で起こる想像の物語ですが、こんな世界が世の中に実はあったりして?.......とリアル感さえ感じます。

読書後、人と人の縁、というものを考えさせられました。一口に縁といっても様々ですが、人生の中でその人の一生を左右する出会い、というものが時にあります。今は音信不通でも、その人に出会わなかったら今の自分は無かっただろう、と影響を受けた人。そういう出会いは、心の奥底にズシンと一生棲みつくものです。既に亡くなった過去の芸術家から多大な影響を受けることもしばしばです。人との出会いは、神様がどのようにして引き合わせているのかわかりませんが、会うべくして会うこともあるのでしょう。

京都のあるお寺の高名なお坊様の言葉に「座っていても世界が見える人がいる。世界中飛びまわっていても自分さえ見えない人がいる」となかなか痛烈な言葉があります。世界が見えるところまでは無理としても、人の本質や物事がよく見える人間になりたいものです。読書は、その世界にどっぷり浸って想像力を広げたり、ゆっくりものを考える時間でもありますが、そこから何を読み取るか?、物事の本質を見極める訓練をしているような面もありますね.....

最近、読書時間にお気に入りの飲み物があります。「カフェロワイヤル」( ^ω^ )。 アルコール分微量のカクテルです。コーヒーを入れたカップに、ロワイヤル用のスプーンを置き、スプーンの中にブラウンシュガーとブランデーを入れて火をつけます。ブランデーがフランベされて青い小さな炎となり、シュガーが溶け出します。ほんのり甘く、酔うようなアルコール度数でもなく、雰囲気もあって良い感じ。シュガー無しのブランデーだけでも美味しく飲めます。夜、照明を落とすと青い炎が良く見えておすすめです♪(´ε` )
                     


            
                 
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2024年10月03日 23:10

音楽・美術・文学・映画・自然の連結

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去年の秋、初めてブログを書き出してから1年近くになります。石神井公園の近くに新居ができた際、ピアノ教室のHPを立ち上げ、その紹介と共に始めたものですが、マイペースで自由に日頃の感じたもの、私の頭の中でつながって相互作用があるようなものを記事にしてきました。毎日のように音楽と密接に関わり、ピアノを教えたり、自身の練習をしていますが、音楽は、読譜力が備わり、指の練習だけを勉強しても豊かな世界が広がる訳ではなく、一見、関係のなさそうな美術や文学、自然、映像作品などと深い関連性を持っています。読譜力が備わり、指が思い通りに動くようになった先に、ようやくその豊かな世界が現れます。その領域に到達すると、楽譜の奥を読み解き、ピアノを弾きながら想像力が働くようになり、音楽とそれ以外のものがコラボレーションしていきます。そこがとても自由で楽しく、想像力や感性が広がる世界です。ピアノを習い始めたばかりの小さな生徒さんは少々時間がかかりますが、数年ピアノを続けていると、その領域に少しずつ入っていきます。教える側も、弾いている曲のこの部分はどんな気分かな?、どんな風景かな?、どんな色かな?と子供に尋ね、その反応が楽しいこともあります( ^ω^ )

少し専門的な話になりますが、ロマン派のシューマン、ショパンなど、文学からインスピレーションを受け、音がまるで物語を語るような作品も多々あります。シューマンは、E.T.A.ホフマンという作家の幻想小説に夢中になり、まるでその世界を音で体現させたような作品が多く、話がどんどん飛び、いろんな場面に切り替わる場面展開が、ホフマンの小説とも似ているようにも感じます。同い年のショパンも、ポーランドの詩人ミッケヴィッチの叙事詩からインスピレーションを受けたバラードなど、文学からの影響が見られます。恋人はジョルジュ・サンドですしね♪( ´θ`)音楽史で言う近代のドビュッシーになると、映像的なものを音で表現し始めます。ドビュッシーはエキゾティシムに憧れ、日本の浮世絵や骨董品に夢中になり、古寺にまつわる作品として版画の「塔(パゴダ)」などもあります。画家のモネとは「印象派」のグループで一緒に活動していました。また、音楽が宗教的なものと深く結びつく場合もあり、私の大好きなJ.S.バッハのマタイ受難曲や教会カンタータは、その部類です。因みに教会カンタータBWV182は、高校の時からの精神安定剤です(^。^)

芸術は、日常的に感性を刺激したものが頭の引き出しから飛び出てきて、それらが音や色、文などに反映され、結晶となって生み出されるものです。演奏の世界で言うと、ピアノを弾きながら、ある本の一場面が浮かんだり、絵が見えてきたり、映画のワンシーンが思い出されたり、旅で見た自然の風景や古寺の静けさ、感性を揺さぶられるもの全てが栄養となります。

ヘルマン・ヘッセが「ヘッセの読書術」という本で、芸術の「言葉」について書いています。「羨望の思いで詩人は、画家や音楽家のことを考える。画家は自分の言葉である色で語りかけることができるし、音楽家も、その音で全ての人間の言葉を語り、操ることができる。詩人は、音楽家を特に強く、うらやましく思う。音楽家は自分たちだけが使える言葉を持つからである。ところが詩人は、学校の授業や商売に使われて、電報を打ったり裁判したりする時に使われるのと同じ言葉を使って、自分の仕事をしなくてはならないのだ。自分だけの表現手段を持たないのはなんと貧しいことであろう!」

音楽は、音を通して人間のあらゆる気分、愛情表現、官能性まで抽象的な言葉で語ります。大学生の時、ヘッセにハマったことがあり、「知と愛(副題 ナルチスとゴルとムント」は愛読書となりました。芸術に向いている人間と精神性を極める人間とが出会い、のちにそれぞれの道を歩む話ですが、この作品の本当の意味がわかったのは、数年後でした。ベートーヴェンの作品109を弾いていた時期、ある日のある瞬間、ヘッセの文学的本質と音楽の本質が結びつく現象が起きました。確かこういう現象を共通感覚と言ったかしらん?今思い出すと懐かしいばかりですが、あの頃の感性を保ちつつこの先も芸術に触れて行きたいなぁと思います♪(´ε` )
                       
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2024年09月19日 00:10

大河ドラマ「光る君へ」テーマ音楽

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時代劇好きで大河ドラマは良く見ていますが、現在放映中の「光る君へ」も毎週楽しみにしています。このドラマのテーマ音楽は、冬野ユミさんという女性の作曲家の書かれたピアノ協奏曲ですが、聴く度にラフマニノフのピアノ協奏曲が思い起こされてしまいます。毎週「あぁ〜ラフマニノフのピアノ協奏曲みたいだわぁ♪(´ε` )」とほくそ笑んでいます。もちろんラフマニノフの曲とは全く別物なのですが、華やかでドラマティック、繊細でロマンティック性もあり、特に最後のコーダの部分、ピアノが高音部から両手の和音で「ジャカジャカジャカ〜」と一気に降りてきて、オーケストラが「ジャンジャンッ! ジャンジャンッ!」と終わる部分など、ラフマニノフの匂いがします。テーマ音楽の楽譜を見たことはありませんが、ピアノ譜はとても難しそう〜( ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

今週5月26日(日)の放送の後半、主人公のまひろと藤原道長のラブシーンで使われた音楽は特に、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第2楽章のように聴こえました(*´◒`*)その部分を聴いて、あぁ〜やはりこれはラフマニノフを意識して書かれているに違いない....と確信してしまいました。最近のNHKは以前よりも大胆になってきて、大河ドラマ史上、非常に珍しいキスシーンo(≧▽≦)o でしたが、そういう場面の音楽は大事ですよね.....(笑)

今回の「光る君へ」は平安時代の設定なので衣装も雅で美しく、ヒロインの紫式部(まひろ)と藤原道長との関係も濃厚に描かれてロマンティックな場面も多いので、女性に人気のようです。戦国時代の武将のような勇猛果敢さや合戦シーンこそありませんが、朝廷内での政権争いの様や、歴史には付きもののブラックな部分もわかりやすく描かれており、歴史ドラマならではの内容の濃さを堪能しています。しかしあの十二単、一体何キロあるのでしょう?あれを毎日着て生活していたなんて、歩くだけで重労働のような..... お手洗いは一体どうするのかしらん(・・?)

このドラマに感化され、登場人物の一人、清少納言の枕草子をちょこちょこ読んでいますが、パッと開けたページをちょっと読んでも面白く、楽しい読み物です。もっとも現代語訳と一緒に読まないとわかりかねますが......(>人<;)
枕草子:第六十四段「草の花はススキが一番」で、「夕顔は花の形も朝顔に似て、朝顔、夕顔と続けていうようなしゃれた花の姿なのに、あの実と言ったらもう、ぶち壊しだ。なんであんなに不恰好に育ち過ぎてしまったのだろう」とあったので夕顔の実の写真を調べてみたら、吹き出してしまいました(笑)確かにねぇ..... 白く優雅な夕顔の花とは雰囲気が相反する感じで....(^。^) ドラマも後半にさしかかる頃なので、紫式部が源氏物語を書き始めるシーンが楽しみです。そろそろ「あさきゆめみし」を引っ張り出して読み直そうかしらん?

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2024年05月30日 12:12

遠藤周作「深い河」

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家の本の整理をしていたら、ふと遠藤周作の小説「深い河」が目に留まり読んでみました。はるか以前に遠藤周作さんの本を数冊読みましたが、時を経てまた読むと違った印象に感じます。数人の登場人物の生き様や生き方が描かれ、それぞれの人生の意味や苦悩を見せられながら、読者にじんわりと問いかけてくる感がありました。登場人物たちがインドへ旅し、ガンジス河にたどり着くのですが、文化や宗教や価値観の違い、貧富の差など、平穏な生活とは異なる世界が描かれ、この世の理不尽さや生きる意味を突きつけられるズシンと重みのある小説でした。久しぶりに重量級の小説を読んだので、色々と考えさせられてしまいます(( _ _ )) インドへは行ったことがありませんが、ガンジス河の光景を現実に目の当たりにしたらどう感じるのだろう?と自問自答してしまいます...d( ̄  ̄)

遠藤周作さんの小説でもう一つ、強烈な記憶が残る作品が「沈黙」でした。これも若い頃に読んだものですが、作曲家の松村禎三さんがオペラ化し、その初演を観に行った時のことが鮮明に蘇ります。「沈黙」は、キリスト教の弾圧を通して神の存在意義が問われるような非常に重い内容で、読んだ当時、胸が苦しくなるように感じた小説でした。その小説を元に、松村禎三さんが長い年月をかけて練りに練って作曲されたオペラ「沈黙」も、小説の内容をよりリアルに音楽で感じさせられる作品でした。初演の後、舞台に集中しすぎたのか、若かりし身のひ弱だったせいか、とても疲れて帰宅したのを覚えています。

オペラ「沈黙」は、その後も何度か上演されているようですが、時間が経った今、もう一度観たらどう感じるのだろう?と、ふと観たくなりました。

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2024年05月15日 23:35

芝木好子「光琳の櫛」

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芝木好子さんという女流作家の小説が好きで、数年ごとに幾度も繰り返し読んでいる本があります。芝木好子さんは、芸術に携わる人を描いた作品が非常に多く、日本の伝統美の世界を担っている職人さん、日本画家、華道家、陶芸家、染色家、芸術的なものをこよなく愛するコレクターなどをモデルにした、いわば芸術オタク気質の作家さんです。少し前の世代の作家さんのせいか、今は本屋さんの店頭に並んでおらず、古本屋さんでしか売っていない本も多いのが寂しいところです。ただ最近、昔の本も電子化されつつある時代なので、電子化してくれないかしらん?と熱望しています♪(´ε` )

江戸時代の文化で広がった女性の櫛は、当時、芸術的な作品も多数作られました。「光琳の櫛」という小説は、尾形光琳の櫛に出会うまでの櫛コレクターの女性が主人公ですが、この小説から色々な江戸時代の文化に触れることができ、源氏物語、伊勢物語、あるいは尾形光琳、原羊遊斎(蒔絵師)の世界が垣間見え、なかなか楽しいです。

20年以上前でしょうか、たまたま職場の交流会で行った奥多摩の「櫛かんざし美術館」で、この小説に描かれている櫛たちが展示されているのを見て非常にびっくりした('◉⌓◉’)、という体験をしました。小説に登場する芸術的な櫛たちが実際に目の前に現れたのですから、何だか狐につままれたような心地がしたのを覚えていますϵ( 'Θ' )϶

それ以後、櫛かんざし美術館のカタログを横に置き、「光琳の櫛」を読み進めながら、小説で描写されている櫛の写真をカタログから探し出し、「あ〜これだこれだ......」とリアルに小説を体験する遊びをするのが、数年ごとの癖になっています(^。^)  なかなかこんな事ができる小説は他にありません。蝶のコレクターの「黄色い皇帝」という小説でも、この遊びを実施するべく、世界の蝶🦋のカタログを片手に、この描写の蝶はどれかしらん?などと探して読みながら、その蝶が空に舞う姿を空想しています(^ー^)

小説に描かれた世界を体験する、映画のロケ地を巡る、これらは演奏とも似ている気がします。楽譜の奥に描かれた世界を想像して表現するのが演奏ですが、リアルに感じられてこそ、より自分の世界を体現するものになリますね.......



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2024年04月04日 11:02

おがさわらピアノ教室

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【住所】 〒177-0044
東京都練馬区上石神井3丁目

【営業時間】 <レッスン時間>13:00-20:30
<受付時間>11:00-21:00

【定休日】 不定休

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